カテゴリ: 出来事

畑の近くの、田んぼの取水口や流れの止まった明渠に油が浮いているのをよく見かける。

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油が流れてきたのか、地中に油製品が埋められているのではないかと不安になっていた。

仲間に尋ねたら、「あれは何とかというバクテリアだよ」との返事が来た。

油みたいなバクテリアがあるのかなあ?と疑問に思い調べてみた。

なんと、土壌に「鉄バクテリア」というバクテリアがいるそうである。

このバクテリアは水に溶けている鉄分(イオン)のかたちを変えることでエネルギーを取り出し、水中の二酸化炭素から炭素を自分の体に取り入れているそうである。

油膜のようなものはこのバクテリアが作り出した水酸化第二鉄が膜状になったものだそうである。

したがって、この油膜のようなものは油の匂いもせず、つつくとすぐに割れるそうです。

本物の油膜はつついてもすぐに元に戻り割れたりはしません。

そういえば見かけても油の匂いを感じたことはありません。

この油膜のようなものがどんどん作られると、沈殿して赤褐色の物質(水酸化第二鉄)になります。

鉄バクテリアも、その生成物である油膜のようなものも、赤褐色の沈殿物も、自然環境中に存在する程度であれば無害だそうです。

納得です。

安心して油膜のようなものを観察できます。






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寒かったけど昨日もごん兵衛菜園の作業をした。

土の中で自然分解するジフィーポットで育てていたほうれん草を畝に定植した。

ポットからすでに根が出始めていたので定植はちょうどいい時期だったと思う。

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すでに育っているほうれん草の畝の残り半分に埋め込んだ。

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ジフィーポットでの育苗は初めてだが定植しても上手く育ってくれることを祈る。


今日、明日は孫の学校の発表会なので菜園には行かない。

学校ではこの一年間の探求の結果を発表するイベントだそうだ。

この学校では何でもかんでも探求だそうである。

今日は「表現」という発表があり、異学年学級(1年生から4年生が同じクラスで学ぶ)で宮沢賢治の「貝の火」を劇にしての表現発表があった。

一年生の孫は上級生に混じって自分の役割を果たしていた。

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入学当時はメソメソしていた孫も自ら志願したナレーション役をなんとかこなしていた。

大変な成長である。

明日もいろいろと発表があるようだ。

学校は岩槻区にあり、ここから寒い中を朝早くから出かけるのは億劫だが仕方がない。

懐炉を背負って出かけよう。






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昨日の午後、義母が入院している病院に区の介護認定調査員が来た。

50歳代のご婦人だった。

これまでは要支援の認定を貰っていたが、介護の必要があるかどうかの調査だった。

こちらから依頼はしていなかったので、要支援で来ていたケアマネージャーさんが手配してくれたようだ。

ということは、退院しても要支援ではなく、介護支援を受ける必要があると判断したものと思われる。

調査は15分ほど本人からの聞き取りとした後、病院の看護師さんからの聞き取りもしたようだ。

一人で立てるか、寝返りは出来るか、薬は自分で飲めるか、トイレはどうしているかなどの身体能力の聞き取りのほか、今どこにいるか、今はどの季節かなどの認知能力の聞き取りもしていた。

結果は2月に決まり郵送で連絡するとのこと。

我々は退院後は自力で歩き、生活もある程度は出来るものと期待しているが、不安になってきた。

今日から、リハビリ室のある3階に病室を移し、本格的なリハビリを行うようだがうまくいくことを願うのみである。

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昨日から義母のリハビリが始まった。

午前中に誂えのコルセットが届いていた。

第5腰椎なので上下の幅はそう広くない。

腰回りだけを安定させるコルセットだった。

取り敢えず、ちょっと動きを見てみましょう、とリハビリの先生が廊下へ連れ出した。

もちろん歩行器を使ってである。

歩行器なしでは全く歩を進められないようだ。

前へ進ませながら足取りを観察していた。

割とスムーズに足は出ている。

痛みは少しはあるようだ。

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10mほどを2回往復して終わりとなった。

この調子ならば明日からはリハビリ室でビシバシやります。

という事だった。

目標は
1、痛みをコントロールしながらストレッチと筋トレでスムーズに動けるようにする
2、コルセットを付けて歩行が出来るようにし、病棟生活が送れるようにする
3、生活関連動作の訓練をし、元の生活が出来るようにする
だそうである。

医師は「3ヶ月はかかるでしょう」という。

義母はせっかちだから、少し歩けるようになった頃、もう大丈夫、退院する、と言い出しかねない。

その時は孫とひ孫を連れて行って、おばあちゃん、まだ駄目、と言わせねばならない。

なにせ、我々の言うことはちっとも聞かないから・・・

大正の女は頑固だ。



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脊柱管狭窄症で入院していた義母。

なかなか痛みが引かない。

MRI検査をしたところ骨折があることが分かった。

数日安静にしていたところ、何とか痛みは軽くなった。

軽くはなったが歩ける状態ではない。

足の筋力が衰えているようだ。

骨折のまま筋力の回復訓練は出来ない。

かと言って手術は無理である。

腰にコルセットをし、腰を安定させて訓練をすることになった。

特注のコルセットが29日に出来上がる。

それを待って訓練が始まる。

歩けるようになるには3ヶ月は掛かるそうだ。

その間入院が続く。

義母も大変だが、こちらも大変だ。

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昨日、叔父さんの葬儀が滞りなく終了した。

家族葬だった。

菩提寺は九州なので駆けつけることは出来ず、地元東京の同じ宗派のお寺に供養を頼んであった。

叔父さんは菩提寺に大きく貢献した人だったので、菩提寺の計らいで京都の御本山から特別の法名と袈裟が与えられていた。

滅多に無いことのようである。

喪主は海外勤務の長男に代わり叔父さんと同居していた次男が受け持った。

もちろん長男も帰国して、一緒になって葬儀を執り行っていた。

納棺式、お通夜、告別式と参列させて頂いたが見事な運びだった。

厳かで和やかな葬儀だった。

叔父さんも満足だったに違いない。

ホッとした。

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暮に見舞いに行った叔父さんが亡くなったという連絡があった。

蝋燭の火が消えるようにすーっと息を引き取ったという。

享年92歳。大往生である。

通夜、告別式は22日、23日に行われる。

明日の納棺式にも参加することになった。

小さい時からお世話になった方である。

心を込めて弔いたい。
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義母が尋常ではない腰痛を再度訴えたので15日水曜日にかかりつけの病院に行った。

義母お気に入りの先生に診てもらったが、痛みが落ち着くまで入院することになった。

ところが、この病院は満床だったので他の関連病院を紹介してもらった。

この病院から車で10分くらいの所である。

諸々入院手続きをし、義母が部屋に落ち着いたのは4時を過ぎていた。

ぎっくり腰で思うように動けなかったカミさんも4時頃には何とか駆けつけてきた。

緊張していた義母も娘の顔を見て少し落ち着いたようである。

翌日まではまだ痛みが強く険しい顔をしていた。

今日になって少し痛みが引き、お風呂にも入れてもらい温和な顔になっていた。

医師は痛みは完全に引くことはないと言っている。

痛いからと言って歩くのを控えていると寝たきりになると言われた。

来週からは少し痛くても歩くリハビリを受けることになった。

耐えられるといいのだが。

カミさんがまだ十分に動けないので僕の出番が多くなりそうである。





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松ちゃん、モーしゃん、スーちゃん、克己ちゃん、馬琴、みねしゃん。

高校時代、6人はいつも一緒だった。

名付けて、6H’s(シックスエッチーズ)。

進学校での日々の受験勉強の憂さ晴らしはいつもこの6人だった。

クラブ活動も生徒会も無かった高校は殺伐としたものだった。

その高校生活を少しでも面白く過ごそうとつるんでいた。

一人では出来ないことも徒党を組めばやれる。

近くに出来た新設女子校の門を初めてくぐったのもこの仲間だった。

違う高校の女子高校生を誘い、草すべりに行ったのもこの仲間だった。

仲間の妹が通う女子高校の運動会に押しかけたのもこの仲間だった。

ほのかな青春の香りをいつも一緒に味わうのもこの仲間だった。

高校の文化祭で舞台に上がり、「リバティーバランスを射った男」「グリーンフィールズ」を歌ったのもこの6人だった。

附設文化祭

硬派なこともした。

ある教諭を辞めさせてくれと、校長の家に談判に行ったのもこの仲間だった。

勉強もした。

6人の家を持ち回りで宿泊し、必死に受験勉強もした。

6H‘s-2

体力を鍛えようと、耳納山脈を縦走したのもこの6名だった。

6H‘s

思い出せば切りがない。

その仲間の中心人物、松ちゃんが2日に亡くなったという訃報が入ったのが昨日だった。

寝耳に水だった。

昨年秋から誰にも知らせずに入院生活を送っていたらしい。

突然の訃報にショックを受け、今日は何もする気にならない。

6H’sの内、モーしゃんに次いで二人目が鬼籍に入った。

青春が壊れていく気がしてならない。




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今日は地域ボランティアの仕事初めの日だった。

行く用意をしていたら、赤羽の義母から電話。

足腰が痛くて居ても立ってもいられないから病院へ連れて行ってくれと。

かかりつけの病院に連絡したら今日から通常診療だという。

取り敢えず実家に駆けつけ、病院に連れて行く。

以前から脊柱管狭窄症を患っていたのでそれが悪化したのかと心配した。

レントゲン検査の結果、悪化はしていないとのこと。

取り敢えずブロック注射をしてもらう。

小一時間ベッドで安静にした後、実家に帰る頃には痛みはだいぶ治まったようだ。

やれやれと一安心している所に、友人の訃報が届いた。

静かな三が日が済んだと思ったとたん、思わぬことが起きた。

今年は波乱がありそうだ。
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