カテゴリ: 出来事

昨日、叔父さんの葬儀が滞りなく終了した。

家族葬だった。

菩提寺は九州なので駆けつけることは出来ず、地元東京の同じ宗派のお寺に供養を頼んであった。

叔父さんは菩提寺に大きく貢献した人だったので、菩提寺の計らいで京都の御本山から特別の法名と袈裟が与えられていた。

滅多に無いことのようである。

喪主は海外勤務の長男に代わり叔父さんと同居していた次男が受け持った。

もちろん長男も帰国して、一緒になって葬儀を執り行っていた。

納棺式、お通夜、告別式と参列させて頂いたが見事な運びだった。

厳かで和やかな葬儀だった。

叔父さんも満足だったに違いない。

ホッとした。

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暮に見舞いに行った叔父さんが亡くなったという連絡があった。

蝋燭の火が消えるようにすーっと息を引き取ったという。

享年92歳。大往生である。

通夜、告別式は22日、23日に行われる。

明日の納棺式にも参加することになった。

小さい時からお世話になった方である。

心を込めて弔いたい。
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義母が尋常ではない腰痛を再度訴えたので15日水曜日にかかりつけの病院に行った。

義母お気に入りの先生に診てもらったが、痛みが落ち着くまで入院することになった。

ところが、この病院は満床だったので他の関連病院を紹介してもらった。

この病院から車で10分くらいの所である。

諸々入院手続きをし、義母が部屋に落ち着いたのは4時を過ぎていた。

ぎっくり腰で思うように動けなかったカミさんも4時頃には何とか駆けつけてきた。

緊張していた義母も娘の顔を見て少し落ち着いたようである。

翌日まではまだ痛みが強く険しい顔をしていた。

今日になって少し痛みが引き、お風呂にも入れてもらい温和な顔になっていた。

医師は痛みは完全に引くことはないと言っている。

痛いからと言って歩くのを控えていると寝たきりになると言われた。

来週からは少し痛くても歩くリハビリを受けることになった。

耐えられるといいのだが。

カミさんがまだ十分に動けないので僕の出番が多くなりそうである。





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松ちゃん、モーしゃん、スーちゃん、克己ちゃん、馬琴、みねしゃん。

高校時代、6人はいつも一緒だった。

名付けて、6H’s(シックスエッチーズ)。

進学校での日々の受験勉強の憂さ晴らしはいつもこの6人だった。

クラブ活動も生徒会も無かった高校は殺伐としたものだった。

その高校生活を少しでも面白く過ごそうとつるんでいた。

一人では出来ないことも徒党を組めばやれる。

近くに出来た新設女子校の門を初めてくぐったのもこの仲間だった。

違う高校の女子高校生を誘い、草すべりに行ったのもこの仲間だった。

仲間の妹が通う女子高校の運動会に押しかけたのもこの仲間だった。

ほのかな青春の香りをいつも一緒に味わうのもこの仲間だった。

高校の文化祭で舞台に上がり、「リバティーバランスを射った男」「グリーンフィールズ」を歌ったのもこの6人だった。

附設文化祭

硬派なこともした。

ある教諭を辞めさせてくれと、校長の家に談判に行ったのもこの仲間だった。

勉強もした。

6人の家を持ち回りで宿泊し、必死に受験勉強もした。

6H‘s-2

体力を鍛えようと、耳納山脈を縦走したのもこの6名だった。

6H‘s

思い出せば切りがない。

その仲間の中心人物、松ちゃんが2日に亡くなったという訃報が入ったのが昨日だった。

寝耳に水だった。

昨年秋から誰にも知らせずに入院生活を送っていたらしい。

突然の訃報にショックを受け、今日は何もする気にならない。

6H’sの内、モーしゃんに次いで二人目が鬼籍に入った。

青春が壊れていく気がしてならない。




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今日は地域ボランティアの仕事初めの日だった。

行く用意をしていたら、赤羽の義母から電話。

足腰が痛くて居ても立ってもいられないから病院へ連れて行ってくれと。

かかりつけの病院に連絡したら今日から通常診療だという。

取り敢えず実家に駆けつけ、病院に連れて行く。

以前から脊柱管狭窄症を患っていたのでそれが悪化したのかと心配した。

レントゲン検査の結果、悪化はしていないとのこと。

取り敢えずブロック注射をしてもらう。

小一時間ベッドで安静にした後、実家に帰る頃には痛みはだいぶ治まったようだ。

やれやれと一安心している所に、友人の訃報が届いた。

静かな三が日が済んだと思ったとたん、思わぬことが起きた。

今年は波乱がありそうだ。
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大晦日の大嵐とは打って変わって、元旦、2日と静かな日が続いている。

今年も平穏無事の世の中になれば良いがどうも荒れそうだ。


大晦日は久しぶりに蕎麦を打ち年越し蕎麦とした。

久しぶりの割には良く出来て美味しかった。

残念がら細く長い蕎麦ではなく太く短い蕎麦になった。

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元旦は子どもと孫が来て新年を祝った。

くーちゃん、みーちゃんも加わる。

くーちゃんは水槽を出て孫に追いかけられて座敷を駆け回り疲れたようだ。

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今日2日は午前中は畑。

いよいよ堆肥作りである。

縦横高さ90cmの堆肥箱に落ち葉を目一杯入れる。

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それを水を加えながら踏み込んで圧縮し厚さ20cmほどにする。

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その表面に、発酵を促進させるために、米ぬかと油かすを混ぜたものを振りかける。

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その上に土を5cmほど乗せて第一層の終わりである。

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今度は第2層を作るために同じことを繰り返すのだが今日は第1層だけで終わりにした。

第5層まで作りたいがちょっと危なっかしい。


午後は次男を目白に送りがてらカミさんの赤羽の実家に新年の挨拶に行く。

96歳になる義母も最近は腰痛に苦しんでいる。

それでも気丈に一人で暮らしているので大したものである。

しかし、ケアするためにカミさんが帰る頻度が多くなった。

老老介護の始まりである。

カミさんはあまり丈夫でないだけに心配だ。










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4、5日前から取り掛かっていたラティスをやっと完成させた。

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数年前、庭に上る階段を潰して入り口だった所にラティスを作って立て掛けていた。

そのラティスが古くなって色褪せたので作り直した。

過日伐採してきた真竹を四割にし、木枠に打ち込んだ。

アクセントに黒竹を数本配した。

なかなかいい。



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遠い親戚のおじさん(父のいとこ)を病院に見舞った。

以前、脳梗塞を患い、自宅で療養していたが肺炎を起こして入院したと云う。

二人部屋の奥のベッドにいた。

眠っていたようだが、看護師さんに呼びかけられて目を覚ました。

寝たっきりのようである。

言葉も殆ど出ない。

僕が名前を名乗ると思い出したようで、名前をなぞるように口を動かした。

目はしっかりと見開いて僕を見ている。

会うのは13年ぶりである。

手を握りながら、僕が知っている限りの親戚の消息を話しかけ続けた。

時々口を動かす。

何か問いかけているようだが言葉にならないので返事もできない。

もどかしい思いをしながら30分ほど見舞った。


このおじさんは僕が小学校に上る前から可愛がってもらっていた。

親戚の中では一番羽振りがよく、そのうちに東京に出て、笹塚で映画館を経営したり、代々木でアパートを建てたりして実業家になった。

僕が大学に入る時も保証人になってもらい、経営しているアパートに入れてもらったりもした。

一時はポルシェを乗り回し、話題をまいていた。

しかし、今や92歳、病床の身である。

昔の姿は全く無くなったが、寝ている姿は僕の祖父にそっくりになっていた。

もう元の姿どころか、歩けるようになるのも難しいだろう。

後ろ髪を引かれる思いで病院を後にした。

外は冷たい小雨が降り出していた。

最寄りの駅まで傘も差さずに歩いていた。


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先程、知人からメッセージが来た。

お陰さまで孫が「LPGAアワード」で新人賞を取りました。

という報告だった。

知人とは稲見萌寧のおじいちゃんである。

それには写真が添えてあった。

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今日、表彰式に着ていった着物姿の写真である。

この着物は知人の奥さん(萌寧ちゃんのおばあちゃん)が若い頃着た着物だそうである。

なんと気配りの良い孫だろう。

奥さんは大喜びだったそうである。

萌寧ちゃんは今年は頑張った。

優勝は一回だけだったが、出場回数が少ない中、賞金ランキングは13位に食い込んでいる。

パーオン率のNO1である。


知人曰く、

「萌寧は本来マイペースな子ですが、今年は無理をしたようです。来年は自分の気持ちを大切にする気持ちを取り戻して、選手生命を長く維持してほしいと思います」

孫を愛するおじいちゃんらしい言葉である。


萌寧ちゃん、来年も応援するよ!

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介護付き有料老人ホームにいる知人を見舞った。

3ヶ月ぶりである。

部屋に入ると、「どなたでしたっけ」と言われた。

名前を名乗ると「おお、そうでしたっけ」と返事が来た。

知人「今、どんな仕事をしてますか」

散人「もう何もしていませんよ」

知人「〇〇大学を出た後はどこに就職しましたっけ?」

(散人が出た大学を知っているということは私のことを全く認識していないことはないようだ)

その後、色々と話をするが噛み合わない。

持参した、彼の好物のコーヒーやプリンはまたたく間にたいらげた。

知人「冷蔵庫にバナナが入っているから食べようか」

冷蔵庫を開いたが入っていなかった。

話していて、昔の記憶は蘇るようだが最近の記憶は出てこない。

テーブルの上には「ニュヨークタイムズ」が積んである。

彼は米国滞在が長く帰国してからもこの新聞は欠かさず読んでいた。

今は、読んだ気配はあるが記憶に残っているのかどうかは疑わしい。

3ヶ月前より症状は更に進んでいるようだ。

この先が思いやられる。

なるだけ頻繁に見舞ってあげよう。

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