「見沼散人」の身の丈生活

頑張らない。欲張らない。見沼の里のわび住い日記。
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青木繁「海の幸」会

青木繁「海の幸」記念館公開の碑が設置される

青木繁「海の幸」記念館が公開されて一年余りが過ぎた。

この間3千数百名の入館者があったと地元の保存会から報告があった。

又、6月には、記念館のアプローチの途中に、青木繁「海の幸」記念館公開の碑が設置された。

さちやいかに いまだわがせは かへりこぬ おきゃ大島 波の音しぬ

という、青木繁が布良で詠んだ歌と共に、この記念館公開のために協力された700名余りの個人や企業・団体の名前が記されている。

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先月、事務局長から、記念館訪問のお誘いを受けたが、体調が悪かったためお断りした。

近い内に訪問したい。

大村記念館訪問

青木繁「海の幸」会のY事務局長のお誘いで、北本市にある、「大村記念館」を会の仲間と共に14日訪問した。


「大村記念館」は「海の幸」会の理事長でもある大村智先生の研究業績や栄誉を顕彰するために、2012年、北里大学の北本キャンパス内に開設された。
大村先生がノーベル生理学・医学賞を受賞される3年前のことである。

記念館の展示室には、大村先生が受賞した国内外の賞状、メダルの他に抗生物質の分子模型や菌の電子顕微鏡写真やノーベル生理学・医学賞受賞の対象となった抗寄生虫薬「イベルメクチン」等の開発・研究プロセスが紹介されていた。



大村記念館微生物

更には、大村先生が蒐集されている絵画の中から、中国の偉大な教育者であり、画家でもあった「王森然」、日本を代表する抽象画家の「岡田謙三」の作品も特別展示室に展示されていた。

当日は記念館の職員の方から丁寧に詳しく説明をしていただいた。
これは私たちが訪問することを知った大村先生からの指示だったようだ。


記念館の後は北里メディカルセンターの病院内に展示されている絵画の数々を案内していただいた。


大村先生はかねてから、ヒーリングアートということを提唱されており、この病院でそれを具現化されている。

病院のエントランスホール、廊下、更には入院室にまで、先生が蒐集された作品や寄贈された作品が展示されている。
有名な画家のものあり、新人画家のものあり、ジャンルや画家にとらわれず幅広い絵画が展示してあった。
入院患者に限らず、訪れたすべての人に解放されてあり、患者の心を和ませ、治癒を促進させる助けになっているようである。

 

特に産科病棟には、女子美術大学とコラボして、病室のドアや面会室の壁、あるいはナースステーションに、プリント用の粘着シールを利用してメルヘンチックな絵が描いてあった。
病棟全体が美術館となっており、妊婦さんの心をやわらげ、従事するナースの方たちも仕事の間の安らぎになっているようだ。


最後に、特別に病院のヘリポートを案内してもらった。
救急患者搬送用のヘリポートが屋上に設置されてあり、ここから関東平野を360度一望できる。




あいにく、春霞に邪魔されて見ることは出来なかったが、天気のいい日には、筑波、赤城、秩父、更には富士山が望めるそうである。



2時半から2時間、北里大学の北本キャンパスをくまなく案内してもらい、大村先生のハードな面での業績だけでなく、ソフトな面での「人となり」を知ることが出来る貴重な時間となった。 
 

青木繁「海の幸」オマージュ展 始まる

昨日から、いよいよ始まった。
オマージュ展としてはこれが最後になると思われる。


「ぎゃらりい サムホール」の全ての壁画には150の作品がほぼ五十音順に並べられていた。


日曜日に行われた搬入と飾り付けは大変だったらしい。

著名画家、無名画家、ベテラン、若手、無所属、更には会派を越えて多くの作品が一堂に展示される展覧会は他に例が無いらしい。

5時からのオープニングパーティーには会場に入り切れないほどの人が集まった。


事務局長も大変満足な様子であった。


このオマージュ展の売上げの一部は「海の幸会」への基金となる。

一点でも多くの売上げがあり、「海の幸会」の最後の活動資金となることを願いたい。

その為に展示された作品はどれも小作品になっており価格的に求めやすい設定となっている。

著名画家の作品もびっくりするような価格である。

パーティーの後は有志で二次会。

顔馴染みの画家、初めて声を交わす画家、それぞれに話が弾んだようである。


絵画には余り関心のない散人であるがそれなりに楽しめる。

終わって店を出たのは10時を過ぎていた。

三日連続の飲み会はちょいと辛い。




4つのタスク

このところ、4つのタスクを並行してこなしている。

自然の家のボランティア、畑仕事、竹とんぼの材料作り、「海の幸会」の封筒作り。

自然の家、畑仕事は 普段からやっていることだが、今回は竹とんぼの材料を大量に作る仕事と「海の幸会」の封筒作りが特別に入ってきた。

全会員に「海の幸記念館」の公開のお知らせの封書である。

作業としては宛名シール作りと貼付、案内書の印刷と折り込み、資料の封入であるが今回大変だったのは折り込みだった。
A4サイズの資料2種類を長3の封筒に入るように3つ折りするのに一番時間がかかった。
他の仕事の合間に、特に雨の降った日を中心に進めた。

8月の初めに郵送する予定だったが雨が降った日が多く予定より早く出来上がった。
一段落である。


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あとは竹とんぼの材料作りに手が掛かっている。

ある小学校から、夏休みのイベントの中で竹とんぼの飛ばし体験をさせたいとの依頼が入った。
200名余りの児童が対象だという。
3つに分けて行い、同じ竹とんぼを持ち回りで使うので80機余りを準備すればいいのだが、くびれ竹とんぼを使うので作るのに手が掛かる。

これも何とか目途がついた。

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畑は今年の夏はどうも調子が悪い。
雨が多いせいか成長が遅れたり枯れたりしている。
トマトは大玉、中玉は全滅だった。

それに加えて雑草の成長は速い。
畑主泣かせである。

その中でも、ミニトマトとナスが順調なのが救いである。

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特に実のしまった青ナスが良く採れるのでうれしい。

いよいよ8月、周りの畑主は秋野菜の準備をしなければいけないと言ってる。
そういえば、8月7日は立秋である。

俳句会の主宰からは秋の季語で投句しろと言ってきている。
暑さはこれからなのにどうも秋の自然を詠む気分にはならないがこれが俳句会のしきたりである。

今回の兼題は「生身魂」。

うーん、これも難しい。

議事録作成

火曜日、水曜日と2日間は主にNPO法人青木繁「海の幸」会の仕事に明け暮れた。
先月末に特別理事会が開かれたが、その議事録案作成の作業がまだ出来ていなかった。

議事録そのもののパターンは決まっているので厄介ではないが、内容を取りまとめるのには頭を悩ます。
会議は和気あいあいの雰囲気の中で開かれるので、企業の役員会のように形式ばったところはなく、議題以外の意見も差し挟まれたりするので順序立てるのに苦慮する。

2時間余りの録音を早や回ししたり、繰り返し聞いたりしながら文章にしていく。
メモは一切取っていないので、録音が頼りである。
資料による細かい説明などは要約して載せる。

結果はA4にして4枚ほどの資料なので大層なことはないが、飽きてくると他のことをやりながらの作業なので出来上がったのは昨日の夕方であった。

その間、火曜日の夕方は畑に行って草取りをしたり、昨日は朝一番で和室にすだれの庇を作ったりした。

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NPO法人青木繁「海の幸」会の会議の議事録作りもこれで最後と思われるが、今度は会員全員への海の幸記念館の公開のお知らせとご支援御礼のレターを出す作業が待っている。
中身は事務局長が作成されるが、宛名シールの作成、貼付など投函する作業は任されている。
600通余りあるのでちょっと大変ではある。
でも、楽しみながらやっていきたい。 

青木繁「海の幸」記念館・小谷家住宅 開館式

修復を終えた青木繁「海の幸」記念館の開館式が記念館の前庭で24日行われた。

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テープカットは小谷家当主、NPO法人青木繁「海の幸」会の幹部、館山市長、地元保存会の幹部、青木繁の子孫によって行われた。

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メディアも大勢集まり、カット後のポーズを何度も要求され一同苦笑いだった。

植樹式も行われ、小谷家当主、海の幸会の大村理事長、地元保存会の嶋田会長により、コガネモチが植えられた。

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大村理事長も慣れない手つきで鍬を入れていたが、ノーベル賞のメダルよりも重かったに違いない。


開館式終了後は場所を富崎小学校体育館に移して祝賀会が行われた。

体育館には布良の町中の人が集まったのではないかと思われるほど大勢の人々が集まった。

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校庭では近くの布良神社の神輿が特別に出され祝賀の気分を盛り上げていた。
この神輿はお祭りの時以外は外に出ることはないそうで、記念館に対する布良の町の意気込みを表していた。

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祝賀会は関係4者の代表の挨拶から始まった。

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記念館を館山観光の目玉として末永く公開を続けていきたいという館山市長の決意を聞いて我々も胸をなでおろした。

ノーベル賞受賞者である大村理事長の挨拶には出席者の多くの関心が集まり、当意即妙の挨拶に一段と高い拍手が送られた。

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テーブルには豪華な料理が並び、特に地元で獲れたと思われる魚を使った握り寿司は格別だった。

プライドの高かった青木繁も、自分が描いた1枚の絵が、100年余り後にこのような形でみんなの関心を集め、讃えられるとは寸毫も思わなかったに違いない。

青木繁「海の幸」記念館は4月29日より一般公開される。

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小谷家住宅公開の記事

今朝19日の日本経済新聞の文化欄に、青木繁の「海の幸」が誕生した館山市の小谷家住宅の公開の記事が出た。
NPO法人青木繁「海の幸」会の事務局長、吉岡さんが寄稿された文章である。
これに関し、更に記者から2時間余りの取材を受けたという。

「簡にして明」

小谷家住宅の意義と会の活動を分かりやすく説明してある。

会が発足して7年、東日本大震災で挫折しそうになったが、そのたびに救世主が現れここまで来た。
吉岡事務局長の感慨もひとしおであろう。

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最後の通常総会

昨日は、事務局で手伝いをしている、NPO法人青木繁「海の幸」会の最後の通常総会が上野の東京文化会館で開催された。
正会員や来賓など60名を超える参加者があり、これまでで最高の参加者となった。
目標の金額4500万円も無事集まり、小谷家の修復も終わり4月から一般公開を控えての喜び一杯の総会となった。

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更に、理事長の大村さんがノーベル医学生理学賞と文化勲章を受章するという喜びも加わり、会場は3重の喜びで溢れていた。

会議の冒頭に、九州から駆けつけてくれた二人の女流画家によって、大村理事長への花束贈呈が行われた。

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会議そのものは順調に進み1時間ほどですべての議題を終えた。

平成22年1月12日に産声を上げたこの会は、東日本大震災という負の影響を受けながらも、多くの団体や個人の支援で無事に所期の目的を達成し幕を閉じることになる。

若干の残務整理があるので実際の会の解散は今夏になるが、あとは小谷家の公開をサポートしてくれる小谷家の当主や館山市の保存会「青木繁〈海の幸〉誕生の家と記念碑を保存する会」に託することとなる。


総会終了後は場所を変えて大村理事長の受賞を祝う会へと移行した。
ここにも50名余りの人が参加し、口々に大村理事長へ喜びの言葉を掛けていた。

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中には、お祝いのケーキを自ら作り持参するという女流画家もいて、大村理事長も滅多に見せないような満面の喜びでお礼の挨拶をされていた。

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まだまだ忙しい日が続く理事長も今夜はすっかりリラックスされていた。

祝賀会も無事終わった後は、九州から参加した女流画家二人、永井画廊の永井龍之介社長や我々スタッフとで上野の街で2次会を楽しんだ。

長年苦労された画家の事務局長Yさんもほっとした趣でお酒を楽しんでおられた。

絵には全く門外漢の散人が、この会に飛び込んだのはYさんとの縁である。
6歳年上のYさんとは8年前に偶然SNS(Mixiの「自転車修理」というコミュニティー)で知り合った。
同じ筑後の出身ということで一度お会いすることになりそれからの縁である。

会う度に、敬愛する青木繁について切々と語られ、そのうちに青木繁ゆかりの館山市布良海岸の小谷家を保存する運動を興したいと打ち明けられた。
その時、既に70歳を超えておられた。
この歳でよくそこまで決心できるものだとその勇気に感動し、事務局で下働きのお手伝いをすることになった。

法人を立ち上げて以来、数々の困難があったが、どんなことがあっても絶対に諦めないYさんにはいつも脱帽していた。
その諦めない気持ちがここで見事に花を咲かせた。

今日お昼過ぎにYさんからメールが来た。
今起きたという。
疲れておられたのだろう。

しばらくゆっくり休まれて本来の創作活動に邁進されることを念ずる。



 

理事会

今日、NPO法人青木繁「海の幸」会の第6期第2回の理事会が北里生命科学研究所で開催された。
来年4月24日、館山の小谷家住宅が修復を終えて公開される。
それを控えての理事会である。
今日は16名の理事・監事が出席し、これまでの経緯を確認し、これからの法人の運営方針について討議された。

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修復は順調に進んでおり、そろそろ内装の段階に入っている。
集めるべき寄金も残すところ500万円弱の段階になってきている。
これは地元の保存会とも協同で集めることになっている。

4300万円が当初の目標であるが、これまで多くの団体や個人会員の寄金でここまで漕ぎつけた。
寄金をいただいたすべての方々を何らかの形で顕彰することも検討された。

27日には館山で、小谷家当主や地元保存会、館山市教育委員会の皆さんと公開時の行事内容やその後について協議会がもたれる。

有終の美を飾るためにはあと500万円齟齬なく集めることである。

今日は大村理事長のノーベル賞、文化勲章受章のお祝いの花束贈呈も行われた。

 

青木繁「海の幸」オマージュ展 in さいたま

今年最後の、青木繁「海の幸」オマージュ展が昨日から始まった。
会場はさいたま市浦和区岸町の「ギャラリー彩光舎」。 
彩光舎は画廊の運営や画材の販売だけでなく、地域の各層の絵画教育の拠点であり、多くの画家を輩出している。
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今回の展示には、海の幸会に関係する画家のみならず、彩光舎に関係する 地域の多くの画家も参加し、80余りの小作品がぎっしりと並んでいる。
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中央画壇の有名画家の作品と、地域で活躍する画家の作品が同じ平面に並べて展示されるのは珍しい。

オープニングセレモニーには会場のあふれんばかりの人が詰めかけた。
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館山からも小谷家当主、市教育委員会課長、館山美術界の重鎮も駆けつけ祝辞が述べられた。
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さらに、小谷家に飾ってある「海の幸」の現物大のレプリカも持ち込まれ、ミニレクチャーも行われるという内容の濃いオープニングとなった。
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これに当会の理事長で今年度のノーベル医学生理学賞や文化勲章を受賞した大村理事長が参加すればさらに華やいだことと思うが受賞発表後多忙を極める理事長にそれを望むのは無理であった。

オープニングの最後の締めくくりは埼玉が生んだ声楽家「吉武大地」さんのミニコンサート。 
大きなデッサン室で大勢の客を集めてのミニコンサートだった。
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 因みに吉武大地さんの父親は海の幸会の発起人の一人であり、当会を引っ張ってきた人である。

 この展覧会は11月14日まで開催される。
著名画家の小作品をリーズナブルな価格で入手できる滅多にない機会である。 
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